Spoon-feed(食事介助)の極意

老人は赤ちゃんを扱うのと同じだそうで

旅行から帰ってきたらおばあちゃん(96)が入院していた。しかも今度は大たい骨骨折だという。骨粗しょう症で体が小さく丸まってはいるけれど、頭はしっかりしているし耳は遠くない。一人でトイレにも行けていたのに。
入院先に行けばベッドの上で苦しそうに体をよじり、おばあちゃんもう死ぬからね、とつぶやく。両手は点滴が漏れた跡で紫色に変色し、手を握っても冷たい。あまりの変わりように、ついにきたかと私も涙が出そうになる。

そこに食事の時間だからと昼食が運ばれてきた。どろどろの重湯やスープやババロアだ。自分で食べられる?と聞くと無理だと言うので、私が少しスプーンにすくって、恐る恐る口に運ぶ。
こんなことするの初めてだし、どのくらいの量をどの角度で口に入れていいのかもわからない。うまく口に入らなかったらしく、おばあちゃんはちょっとむせてしまう。骨が折れているのに、咳なんかしたら痛いだろう。ごめんね、おばあちゃん、へたくそな介助で…。

私がいよいよ泣きそうになっていたら、介護士さんが病室に入ってきた。あんまり食べないんですと訴えたら、
「食べなきゃだめじゃない。お薬も一緒にね。」
と元気よく言い、私からのスプーンを受け取って、重湯に薬を混ぜ、スプーンに山盛り取っておばあちゃんの口に入れる。
そんなにいっぺんに口に入れちゃうんだ!と私がびっくりして見ていたら、介護士さんは
「栄養は口からとるのが一番なんだから、食べなくっちゃね。じゃないと、いつまでも点滴が外れないから。点滴はイヤでしょ? 食べないとどんどん点滴を増やされちゃうからね!」とおばあちゃんに話しかけつつ、山盛りの重湯やスープをどんどんおばあちゃんの口に運ぶ。
するとびっくり、おばあちゃんもどんどん口を開けて、食べるではないか。
私がすごいすごい、と喜んでいたら、介護士さんはさらにおばあちゃんに話しかける。
「おばあちゃん、たくさん食べてまた元気になって。若返らなきゃね。私わかるよ。おばあちゃんは、昔はとっても美人だったでしょ?」
調子つけるために話かけてくれているんだな。私は感心して見ていた。そうしたら、おばあちゃん、口をもぐもぐさせながら言うではないか。
「今もよ」
今も、美人って…。96になって、さっきまでもう死ぬからって言ってたくせに。私はうれしくってげらげら笑ってしまった。

介護士さんは重湯を半分と、デザートを完食させて、
「家族にはわがままが出て、食べられないって言うけどね。私は他人だから、こうして遠慮して食べるのよ。話しながらだと食欲も出るしね」と食べさせる極意を私に披露して、さっと次の患者さんのところに行ってしまった。

よく聞けばちょっとアクセントのある、中国名の介護士さんだった。あの食べさせる技には本当に恐れ入った。嬉しくってありがたくって頭が下がった。

そして、「今も美人」と冗談を飛ばすおばあちゃん。もしかして本気で言ったのかも? そんなになってまでおちゃらけて見せるなんて、私も自分の老後を重ねて見た気がする。あと2ヶ月おしめをがまんすれば、骨がくっついてまた自分でトイレに行けるようになるから。がんばれ。